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≪061≫
「もう、終わりにするわ」
 言いながら皇后は、一層きつくダリルにしがみつく。

「わたくしたち、もう終わりにしなくてはいけないわ。
 そうでしょう?」
「さようでございますね」

 うなずきながらダリルは。
 皇后を抱く腕に力を込める。

「後悔を、しているのではなくて?」
 皇后の、ためらいがちな問いかけに。

 胸板の振動で。
 ダリルが笑ったとわかる。

「あなたさまは、いかがでございますか」
 一瞬の沈黙。その後。

「申し訳ないと、思っているわ」
 ダリルにとって、意外な答え。

「おまえの人生を、狂わせてしまいました」
 ダリルの胸板が、また振動。

「わたくしめの人生は、
 どのみち狂うさだめであったのでございましょう。
 どうせ狂うのであれば」

 皇后の髪を、愛撫。
「あなたさまに狂わされたなら、本望でございますよ」

 あなたさまを得て、失うほうが。
 巡り会う機会にも恵まれず。
 なす術もなく、すれ違うよりも。

 数段、幸福であったと、言い切れる。

 どれほど、別れが辛くとも。
 出会わぬほうが良かったなどとは。
 金輪際、思わない。

「やっぱりおまえは、おばかさんね」
「はい。
 泣き虫の皇后さまに人生を狂わされ、
 それを幸福と喜ぶ、愚か者でございます」

「わたくし、他の人の前では泣かなくてよ」
 だから、もう、泣けなくなるわ。
 いいの。
 泣くのも、今日で終わりにするから。

 今日で終わりにするから、今日は。
 一生分、泣くのよ。

 今日で最後だから。
 わたくしが泣きやむまで、そばにいなさい。

 明日から、おまえは自由よ。
 恋人を作ってもいいし、結婚もしていい。

 この子を、遠くからでも、見守ってくれさえすれば。
 あとは、だれと、なにをしても、いいから。

 今日だけは。
 わたくしが泣きやむまで、そばにいるのよ。

「承知いたしました」
 もしも、あなたさま以上に。
 わたくしめを狂わせる女性が現れましたならば。

 そのときは。
 お言葉に、甘えさせていただきましょう。

「ただし、そのような奇跡は。
 この先二度と、起こらぬものと存知ますけれど」
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≪062≫
「ああ、もう、やってられないよ、こんなの」
 ペンを放り出す、黒髪のミリアム。

 書き取りの反復練習。
 根気が、続かない。

「ずうっとうつむいてたら、息がつまっちまう」
 背もたれにだらしなくもたれかかり、愚痴をこぼす。

「それは姿勢がわるいからだよ」
 難解な哲学書をひろげて持ち、
 目から上だけを出して注意する、金髪のミリアム。
 机をはさんだ向こう側の椅子に、座す。

「指も痛い、疲れた」
「まだ半分もできてないじゃない、続けて?」
「いやだ、やりたくない」

「ミリアムったら、駄々っ子みたいだよ」
「ふん」
 不満を鼻息で示す、教え子ミリアム。

「ペンを拾って?」
 無視。
 今度は教える側のミリアムが、ため息。
 本を閉じる。

「もう、しょうがないなあ。
 じゃあ、ちょっと休憩する?」

 黒髪のミリアム、にやりと笑う。
 主導権を奪ったと感じ、満足。

「あのね、ペンの持ち方もちょっとヘンだよ。
 本当はね、こうじゃなくって、こうだよ」

 金髪のミリアムは、
 先に教え子ミリアムの持ち方を真似てみせ、
 それから標準的な形に持ち替えてみせる。

「姿勢もよくないし、だから指も痛くなるんだよ?」
 教え子ミリアムは机の向こうで、不機嫌に黙り込み。
 教える側のミリアムを、にらみつけている。

「なによ」
「あんた文句ばっかり」
「文句じゃないよ」
「けちつけて、ばっかりじゃんかよ」
「けちでもないでしょ」
「あたいのことが、きらいなんだろ」

「どうして、そうなるの?」
 金髪のミリアムは目と口を大げさに開き、
「心外」という表情を浮かべる。

「なんであたしが、きらいな子にわざわざ、
 字を教えなきゃならないの?
 ふたりっきりで、向かい合って。
 その根拠をぜひ聞かせてもらいたいもんだわね」

「……わかんないけど」
「考えて」
「……なんとなく」
「もっと考えて」
「……あたいをいじめて、楽しみたいとか」
「ぷっ」

 吹き出されて、黒髪のミリアムは。
 ますます機嫌を悪くする。
 あげく、逆上。

「わかんないよ、さっぱり!
 あんたやっぱりあたいのこと、
 ばかにして、からかって、いじめてるんだろ!」

「まあそのうち、読み書きできるようになったら、
 わかるんじゃないかな?」
「やめてやる!」
「あら、そう。じゃ、また明日ね」
「もう来ないから!」

「宿題わすれてるよ。
 明日までに全部やって、持ってきてね」
 悠然と読みかけの本を広げる金髪のミリアム。
 いきり立つ黒髪のミリアム。

「あんた、ひとの話ちゃんと聞いてるのかい!」
「またね」
 本から目をあげもせず、片手をひらひらと振る、
 金髪のミリアム。

 黒髪のミリアムは、真っ赤になって震えながら、
 立ちすくむ。

 やがて、
 机の上にひろげてあった帳面をひったくって、
 出て行った。
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≪063≫
 翌日。
 書き取りの帳面をひろげ、
 机の上へ乱暴に叩きつける、黒髪のミリアムが。
 金髪のミリアムの前に、いた。

 律儀に、宿題を終らせて。

 机をはさんで向かい合い、座るふたり。
「よくできました」
「あんたは、ずるい!」
 にっこり微笑む金髪ミリアムの褒め言葉に、
 黒髪ミリアムの怒声が重なる。

「あら、なにが?」
 笑みを崩さず、金髪ミリアムが問う。

「あんたはあたいに言うことをきかせてばっかりだ。
 ずるいよ。
 あたいはなんでも、あんたの言いなりかよ。
 まるで奴隷になった気分だ」

「ミリアムは、奴隷じゃないよ」
「じゃあ、なんなのさ」
「ミリアムは、あたしの友だちだよ。
 それに今は、あたしの生徒でもあるよね。
 生徒は奴隷じゃないでしょ。
 生徒と奴隷の違い、わかるよね?」

 黒髪のミリアムは、ハッと我に返る。
 そうだ、目の前にいる、この小さい女の子は、
 巫女で。
 不思議な力の持ち主で。
 ものすごく、頭がいいんだった。

 見かけが、こんなだから、忘れちゃうんだ。
 だまされちゃうんだ。
 ついつい油断しちゃうんだ。
 だって、この子ったら。

 こんなに小さくて、可愛くて、たよりなげで。
 ひとりじゃなんにもできなさそうで。
 だから、放っておけないような。
 こっちが面倒みなきゃいけないような雰囲気だから。

 そんな、雰囲気なのに。
 中身は、そうじゃない。

「……やっぱり、ずるい」
「もう、まだそんなこと言ってるし」
 机をはさんで、ふたりのミリアムは。
 それぞれ、別の理由で。
 同じように口をとがらせ、ほっぺたをふくらませる。

 ぷっ。
 ぷぷっ。

 吹き出したのは、ほぼ同時。
 げらげら笑い出すのも、同時なら。
 窒息寸前まで笑いすぎ、肩で呼吸しだすのも。

 なにが、それほどまでに可笑しいのか。
 本人たちにも、よくわからない。

「そ、そろそろ、今日のお勉強、はじめるよ」
「ああ、ああ、そうしておくれよ、先生」
 金髪のミリアムは目にたまった涙を拭きながら。
 黒髪のミリアムは片腹をおさえながら。
 平静を取り戻そうと、必死。

 なにがどう解決したわけでもないのに。
 わだかまりは、いつのまにか、霧散。
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≪064≫
 しかし黒髪のミリアムの集中力は、長続きしない。
「あんたって、きれいだよねえ」
「ん?」

 机を挟んだ正面からではなく、
 すぐ耳元で声がしたのを訝って、
 巫女ミリアムが哲学書から顔を上げると。

 忍び足で近づいていた教え子ミリアムが、すぐ横に。

 読書に熱中しすぎて、不覚をとった。
 巫女ミリアムは、さっと顔を曇らせ、
 いまはお勉強の時間だよ、と。
 たしなめる間もあらばこそ。

「さらさらの金髪、絹糸みたい」
 流水をすくうように、金髪をすくってみせる。
 髪は文字通り、さらさらと指の間を、すべり落ちる。
 一寸の、ひっかかりも、なく。

「あたいも肌は白いほうだけど。
 あんたってば、まあ、本当に、透けるようだよね。
 それにこの髪、この瞳の色。

 淡紅色のドレスを着て、
 二連三連の真珠を首に巻いたら、
 人魚姫みたいになるよ。

 そんな、どぶねずみ色した、だぶだぶの、
 冴えない服なんかじゃなくってさ」

 どぶねずみいろ。

 墨染めと言ってほしいわ!
 口をとがらせて抗議する金髪ミリアムの声はしかし、
 黒髪ミリアムには、届かない。

「それともいっそ淡紅色より、純白が似合うかねえ?
 あたいは漆黒のドレスを着るよ。
 あたいとあんたが、
 あの娼館の大広間の大階段に並んで立ったら、
 すごい見ものだよ。

 まるで昼の女王と夜の女王が、
 並んでるように見えるにちがいないよ!
 鳥肌たつような絵じゃないかい?」

 おおーい、もどってこーい。

 金髪ミリアムは両手で口元を囲み、
 妄想の中にどっぷりはまりこんだ黒髪ミリアムに、
 呼びかける。

 あいにくとあたしが娼館の大階段に立つことは、
 ないと思うよー?
 ミリアムも、もうそこに立つことは、ないと思うよー?

 ところが黒髪のミリアムにとって、
 金髪ミリアムの呼びかけは遠くに、
 その姿は小さくしか、映らないらしく。

 ドレスを脱いで、下着がどんなだとか、
 さらにその下がどうだとか、
 事細かにうっとりと表現し始めるに至り。

「もうッ、ミリアムったら!」
「うん?」
 金髪ミリアムが、
 たまりかねて黒髪ミリアムの腕を、ひっぱる。

「お勉強を続けるよ、席に戻って」
「あ、ああ、そうだったね、ごめんごめん」
 我に返ると黒髪ミリアムは、
 案外素直に言うことをきいてくれる。

 金髪ミリアムは、ホッと胸をなでおろす。
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≪065≫
「待ってました!」
 黒髪のミリアムが、顔を輝かせて導士を歓迎。
 正確には。
 導士が運んできた盆の上に乗る、菓子皿と茶を。

「これこれ、これがここへ来る楽しみなんだよねえ」
 小一時間の授業を経た後、振舞われる菓子と茶。
 そして、
 教師だった金髪のミリアムが、友人に戻る、ひととき。

 教え子ミリアムは、いそいそと教材を片づけ、
 導士が運んできた品々を置くために、
 机を広く空ける。

 導士が軽く会釈をして、部屋から去った後。
 黒髪のミリアムは菓子皿に手をのばし、
 金髪のミリアムは茶碗を両手で持ち上げる。

「ねえミリアム、あんたってさ」
 黒髪のミリアムが口を開く。
 前々から、訊いてみたかったこと。

「あんたって、皇帝陛下の、愛人なわけ?」
 目を閉じて茶の香を味わっていた金髪のミリアムは、
 器用に片目だけを開けて、黒髪のミリアムを、
 むっとして見返す。

「恋人と言ってほしいわ」
「じゃあもう陛下と寝たの?
 陛下ってどうよ、あっちのほうは?」

「寝てないわよ」
「いつ寝るのさ」
「そんなのわかんない」
「巫女さまにも、わかんないことがあるのかい」
「そりゃあるわよ」

「ねえ、もしかして『寝る』って意味……わかってない?」
「わかってるわよ」
「おや、おませさん」
「どっちがよ、ミリアム」

「ぷっ」
「ふふっ」
 きわどい会話も、さらりとかわす、金髪のミリアム。
 黒髪のミリアムには、それが小気味よい。

 娼婦仲間が掻き立てる競争心もなければ。
 かたぎの女たちが剥き出す侮蔑もない。
 嫉妬も、毒も、裁きも、ない。

 ひるまない。
 受けて立つ。
 小気味よいけれど。

 一方。
 なんだか少し、しゃくにもさわる。
 あまりにも、堂々としているから、却って。
 じゃれついて、へこませてやりたい衝動が、
 首をもたげる。

「ねえミリアム、
 あんた以前オヤジにやられたことあるって
 言ってたけど」
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≪066≫
 そう。
 以前、その落ち着きぶりが癇にさわって、
 へこませてやりたくて、
 黒髪のミリアムは、金髪のミリアムに、噛みついた。

 へッ、どうせあんたみたいな
 キレイキレイでぬくぬく育った、
 お人形さんみたいないい子ちゃんには、
 あたいの気持なんかわかりゃしないよッ!
 男にやられたこともないくせにッ!

 あるわよ。
 金髪のミリアムは一言で、吹き荒れる嵐をしずめた。

 ななつのとき、おとうさんに、犯されたわ。

 黒髪のミリアムは衝撃を受けたが。
 すぐに嘘だろうと思い直した。

 思い直して、意地悪く、
 じゃあそのときのことを話してごらんよ、と。
 こと細かく、追求。

 金髪のミリアムは、詰問にすべて、答えた。
 憶えている限りのことを。実際。
 なにひとつ、忘れてはいなかった。

 観念したのは、黒髪のほう。
 もういいよ。わかったよ。
 ……ごめん。

 当時も、金髪のミリアムは、ひるまなかった。
 いま、その話題を出されても。
 躊躇は見せない。

「それが、どうかした?」
 茶碗を受け皿に戻し、菓子をつまんで口に運ぶ。

「そのとき、気持よくは、ならなかったんだよね?」
「うん。ものすごく痛くて、こわかっただけ。
 死ぬかと思った。
 いまだにちょっと股関節おかしいしね、あたし」

 菓子をほおばり、口をもごもごさせながら、
 金髪のミリアムは、こともなげに答える。
 まるで、昨日の雨ふりはひどかったねと、
 過ぎ去った天気の話をしているかように、平静。

「きもちよく、してあげようか」
 黒髪ミリアムの両目が光る。
 金と緑、それぞれに。

「あたい、女の相手もできるんだよ。
 あんた、きれいだしさ。
 ちょっと、あたいと、試してみない?
 いろいろ、教えてあげるよ。
 手取り足取り……うふふふふ」

 椅子から立ち上がり、机に乗り。
 四つん這いになって金髪のミリアムににじり寄り、
 彼女のあごを持ち上げて、こちらを向かせる。
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≪067≫
「せっかくだけど、遠慮しとくわ」
 自分のあごにかかった、黒髪ミリアムの指を、
 やんわりとはずして。
 金髪のミリアムは、茶をすする。

「どうして?
 おっかないのかい仔猫ちゃん?」
 相手の顔の、ごく間近で首をかしげ、
 挑発的に、ほほえんで、黒髪のミリアムは舌なめずり。
 ついでに、金髪ミリアムの鼻先を、なめる。

 なめられた瞬間、金髪ミリアムは、
 ぴくっと身体を震わせ、反射的に目を閉じたが。

「時間がないの。
 もう次に面会の約束をしたひとが来る頃だから」
 発した声は、冷静。

「もうすぐ導士さまが、その扉を開けて、
 ミリアムを呼ぶよ」

「うそだね。扉の向こうには、だれもいやしない」
「足音、聞こえなかった?」
「なにも聞こえないさ」
「ふうん」

 そのとき、扉を叩く音がして、導士が。
 ふたりのミリアムを見た導士は。
 凍りついた。とくに。

 机の上に乗り、尻を導士のほうへ突き出す形で、
 はしたなく四つん這いになった、
 黒髪のミリアムへと向ける視線は。

 氷柱のよう。

「……なにをして、いるのですか」
 震える声。
 握る拳。

 導士の視線に射すくめられながらも、
 黒髪のミリアムは。
 導士の怒りに、嫉妬の炎を、かいま見る。

 こいつ、ミリアムに、惚れてる。

 導士のくせに。
 禁欲を誓った身で。
 ひとつ屋根の下、保護者ヅラして、
 ミリアムと、ともに暮らしながら。

 ミリアムに、欲情してる。

 導士の視線に、射すくめられながら。
 黒髪のミリアムは。
 導士に向かって、艶然と微笑を投げてから。

 素早く正面に向きなおり、身を乗り出して、
 すぐそばにあった金髪ミリアムの片耳に、
 軽く、歯をあてた。

 いきなり耳を噛まれたミリアムは、
 肩をすくめ、ひゃっ、と小さく悲鳴を上げる。

「今日は帰るよ」
 上機嫌で机から飛び降り、
 呆気にとられる金髪ミリアムに、こう告げ。

「また、来るね」
 導士のかたわらをすり抜けつつ、付け加える。

 導士のかたわらをする抜けるとき、
 黒髪のミリアムは、抜け目なく、
 導士の顔色を横目で、うかがう。

 導士は虚空をにらみ、
 顔面は、蒼白。
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≪068≫
「……なにをして、いたのですか」
 黒髪のミリアムが去ってから、導士は。
 先刻の質問を巫女ミリアムへ、再度。

「うん、ちょっと悪ふざけが過ぎちゃったみたいね……もう、
 そんなこわい顔しないでよ導士さま。
 ほら、深呼吸してみて、すーはーすーはー」

 実際に深呼吸したのは、ミリアムのみ。
「もうう、導士さまも一緒にやってよ」
 ほっぺたを膨らませて、抗議。
「あたしひとり、ばかみたいじゃない」

「あの娘は、悪魔です」
 呑気なミリアムとは対照的な導士。
 硬い声で、唐突に切り出す。

「……らしくないですよ、導士さま」
 ミリアムも、真顔に。
「ミリアムは悪魔じゃない、人間よ。
 あたしや、導士さまと、おんなじ。そうでしょ?」

「少なくとも心の内に悪魔が救っている。
 あの娘の中には、悪魔が潜んでいます」
「導士さま」
 ミリアムの瞳が、導士をまともにとらえる。

「だれだって心の内に悪魔の一匹や二匹、
 ふつうに飼ってるわ。
 あたしや導士さまだって。
 それが人間てものよ。そうじゃない?」

「……仰せの、とおりです」
 ふん、と短い鼻息ひとつで、
 ミリアムはこの話題を打ち切った。

「ところで、次のお約束は、どなただったかしら、
 導士さま?」
「皇帝陛下です」
「カイル?」

 ミリアムの顔が、ぱっと輝く。
「もう来てるの?」
 はずむ声。
 もうすでに腰が椅子から浮いている。

「ええ、お見えになっていらっしゃいますよ」
 歓声をあげて、導士の傍らをすり抜ける。

「あ」
 扉を二、三歩出た後、すぐ引き返し。
「ごめんなさい、あれ、片づけておいてもらえるかしら?」
 机の上の食器類を示す。

「はい」
 導士も、落ち着きを取り戻した声で答える。
 いつもの、静かな笑みを口元にたたえて。

「ありがとう、お願いね!」
 巫女が廊下を走り去っていく気配。
 ぱたぱたと軽い足音が遠ざかる。

 巫女の気配が遠ざかるにつれ。
 導士の笑みも、その顔から霧消。
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≪069≫
 皇帝陛下ならば、まだ、許せる。
 許せると言うよりも、仕方がない。

 認めざるをえない。

 だれが見ても。
 導士の目から見ても、陛下は。

 人間的な魅力をありあまるほど備え、
 全身から発散しており。
 どこと言って非の打ちどころが見つからぬ。

 導士には到底、太刀打ちもできぬほどに、格が上。

 陛下ならば。
 巫女を傷つけるなど、ありえない。

 力の及ぶ限り慈しみ、大切にしてくれるであろう。
 しかし、あの娘、もうひとりのミリアムは。

 巫女に近づけたくない、と導士の心が叫ぶ。

 悪魔はいる、だれの心にも。
 そう、導士自身の中にも。その悪魔が、叫ぶ。

 巫女を傷つけたり、貶めたり、
 汚したりする者は許さない、と。

 たとえ相手がだれであろうと、女だろうと子供だろうと、
 許さない、と。

 導士の中の悪魔が、叫ぶ。
【いちばん上へ】  【ひとつ上へ】





この続きはまた今度
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メインコンテンツであるにもかかわらず
只今休載状態ですごめんなさいm(_ _"m)ペコリ

かわりといってはなんですが
お題小説「宝石20」のほうを今わりと順調に
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